「マスコット(後編)」  Aristillus



    −7−

 俺の前に、小学生の少女を背負った大学生が2、3人従えて駆けてくる。男も少女も大いにはしゃいで、笑いながら俺達の前を通り過ぎていくと、歯をむき出して俺達に挨拶しながら、部室に飛び込んでいった。
「なんだ、ありゃ?」
「うーん。まさに世紀末だな。なんかこの所、あいつらの間で、えーこちゃんをおんぶするのがはやってるらしいぞ。伸介の奴、前からそのケがあるとは思ってたが、本物を前に、ついに壊れたか」
 前を通り過ぎていった一年後輩の集団を見ながら、俺はため息をついた。そうか、そういえばそういう問題もあったんだよな。
「まあ、あくどい事に頭回りそうな奴がいないから、大丈夫だろ」
「そうそう、馬鹿真面目にえーこちゃんに交際申し込んで、振られてクビを吊る可能性のが高い」
「小学生相手に、花束持ってな」
「そんなことに回る頭あるかい。せいぜい自分の趣味のなんか買ってきて、一生懸命説明したあげく、首をかしげてごめんなさいと言われるのがオチだ」
 目に浮かぶようだ。俺は笑った。
 大学生は、遊びなれてる連中もいるが、格好ばかりでまだまだそういう事にうぶな奴は多い。俺もその一人だが。
 部室から栄子が駆けてきて、俺に飛びついた。
「こっちに来てたの? さっき、いなかったよ!」
 ぺったり貼りついた栄子を見て、遠藤が笑った。
「振られるのは確定的だな。おい、お前はどうなんだ。お前が保護者面してるのも、怪しいと俺はにらんでるんだが」
「部室に連れてきたのは、俺だぞ」
 ぎくりとしたが、これ位は顔に出さない。
「公にして、認めさせるってのかもしれん。目の届く範囲に置いとくってことかも」
 その時栄子が純真な目で言った。
「栄子のこと?」
「うーん、どうだろう。遠藤おじさんに聞いてごらん」
「いや、おいっ、あの、なんでもないんだ。あのさあ、えーこちゃんは、この部で誰が一番好き?」
「えーちゃん!」
 ぎゅっと俺に抱き付く。
「んじゃ、誰が一番カッコいいと思う?」
「えーちゃん!!」
「なんだそりゃ、ジュースおごってやったのに、そりゃないだろ!」
「えんどーちゃんはいち、に、さん、しぃ、5番目に好きだよ」
 奴が一回り小さく見えた。俺は耐え切れずに大笑いしている。
「ご、5番目……せめて3番以内に入ってるかと思ったのに……」
「さぶちゃんでしょ。もっちゃんでしょ。しんちゃんでしょ。で、えんどーちゃん。だから5番目」
 さぶちゃんとは部長の事だ。もっとも栄子以外がそれを使うと、本気で怒り出すので皆使えない。
 しんちゃんとは伸介の事だ。
「なに! 俺はアイツ以下か!!」
 俺は笑いながら、後で伸介の身に何か無ければ良いがと、少々心配になった。
「んじゃ、部室に行こう。人目に触れちゃあやばい」
 栄子の体を抱き上げて、俺達は部室に入っていった。入ってしばらく騒々しかったのは、特に説明の必要も無い。


    −8−

 ドアを開けると、栄子の母の顔と目が合った。
「ああ、三浦さん。また何かありましたか?」
「いつもうちの栄子がお世話になってます。栄子は居ますか?」
「いえ、今は」
「そうですか……、あの、栄子から、うちの事、何か聞いてるんでしょうか?」
「ええ、大体は」
「最近よく食事を抜くんです。……こちらで食事、あげてるんでしょうか?」
「たまに。ちゃんと栄子ちゃんに聞いて、彼女がいいと言う時には出してます。彼女から催促はしてませんよ」
「ありがとうございます、……ですが、なるべくなら家に帰るように言ってもらえませんか?」
「それは構いませんが、お父さんの事を安心させてやらないと、うんと言わないでしょう。お父さんは何と言ってるんです?」
「それは……」
 彼女の伏し目がちな顔が、さらにうつむいた。


 ドアを閉じると、大きなため息が自然に出た。
 他人の俺ができる事は何も無い。できれば忘れようと、首を振りながら部屋に戻ると、その時キイとドアが開いた。
 栄子が素早く入ってくると、カギを閉めるのももどかしく、駆けてきて俺に抱き付いた。
「えーちゃん……」
「栄子ちゃん、隠れて見てたの?」
「うん。ごめんなさい」
 俺はその時、誰に対してのごめんなさいだろうと考えていた。
 素早く抱きしめて、彼女の体を覆うように包んでやる。本当に、他にできることは無かった。
「また、叩かれたのかい?」
「うん、背中とお尻……」
 そっと背中とお尻をさすってやる。彼女がうごめいた。
「痛いのか?」
 うなずく彼女をそっと布団に横たえて、背中をめくった。
「こりゃあ……」
 いつもよりひどい。俺は塗り薬を捜して戸棚に走った。冷たい濡れタオルできれいに拭いて、塗り薬を薄く塗り込んでやる。
「気持ちいいかい?」
 しかめた顔のまま彼女がうなずく。背中を戻してその耳にささやいた。
「お尻、見てみるよ」
 スカートをずらして、パンツを下げる。こんな時じゃなきゃ、笑みが浮かんでいた所だ。
 思った通り、赤く腫れている。指の跡がはっきり見えて、俺はかっとなった。
「ひでえ野郎だ」
 言った後、彼女の気持ちを考えて、すぐ「ごめん」とささやいた。タオルで拭いて、薬を塗ってやる。
「ううん……ねえ、お父さんはなんであたしをぶつの? やっぱりあたしが悪いの?」
 俺は悩んだが、今すぐ言うべきことは決まっていた。
「違うよ……栄子ちゃんが悪いんじゃない。俺にも訳は分からないけど、栄子ちゃんには、いつか分かる時が来るさ」
 いっそのこと、はっきり憎んでいたら、話は単純だったろう。
 そっとパンツとスカートを戻して、優しく撫でてやる。
 俺は、自分の無力を噛み締めていた。初めての事じゃ無かったが、慣れたくも無かった。
「ありがと、えーちゃん。大好き……」
 俺の腰をつかんだ。
「俺も、栄子ちゃんが大好きだよ」
 俺は隣に寝そべって、そっと背中をさすりつづけた。


    −9−

 部室に行くと、伸介が満面の笑みを浮かべて寄ってきた。思わず二、三歩あとずさると、奴は回りを見回して表情が戻った。
「先輩、今日はえーこちゃんは一緒じゃないんスか?」
「そうだよ」
「今日、来ないのかなあ。約束してたんだけど」
 何の約束だ。
「今日は俺んちで寝かしてある。来れないよ」
「え? 何かあったんスか?」
 のほほんとした顔を見て、察するという高度な事が期待できないのを見ると、俺は言った。
「背中が痛くて動けない」
「え?」
 その時ぱこーんといい音がして、伸介の頭がはたかれた。
「この馬鹿野郎! お前はすっこんでろい!」
 遠藤が丸めたノート片手に、ふざけた顔でちらりとこちらを見た。たぶん別な恨みも込めたんだろう。
「……大丈夫か?」
「今は寝てる。ほっといても大丈夫だろう」
 うなずくと、横を向いて、部長!と叫んだ。
「湿布あったでしょ。どこしまったか分かりまス?」
「ああ、それならあっちの箱の底に入ってる」
「全部持ってって構わないっスか?」
「なんかの残りだ。持ってけ」
「……だとよ」
「ありがとよ」
 部長が俺を呼んでいる。嫌な予感がしたが、逃げる訳にもいかない。


 俺と部長は連れ立って、行きつけの喫茶店に向かった。
「なんで、お前等がついてくんだ」
 部長は、後ろを歩く遠藤と伸介に不機嫌な声を出す。
「そりゃないスよ。えーこちゃんの事でしょ?」
「ひやかしなら帰れ。おごりじゃねえぞ」
 がらがらの薄暗い喫茶店に入って、一番奥に陣取ると、部長は真面目な声で話し出した。
「俺は、他人の事情におせっかいをするタイプじゃないし、嘘つけないほど正直者でもない。でも、ま、色々はっきり聞いときたい事があってな」
「その前に、えーこちゃんの事情ってのを教えてもらえませんか?」
 伸介が、場の雰囲気を察して真面目に言う。
「……みんな、はっきり言ってくれないもんで」
 三人が目配せすると、部長がうなずいた。
「知らないなら、そのほうがいいんだが……」
 俺は今までの経緯をざっと話した。先日の出来事以外は、包み隠さず話す。
 栄子の親父に怒りをぶつける伸介に、遠藤が言った。
「お前はそんな顔せずに、能天気にえーこちゃんと遊んでやりゃいいんだよ。だがな、間違っても手え出すんじゃねえぞ?」
「そんな馬鹿な、……そんなつもりは無いスよ」
「ほんとうか? シャレになんねーぞ!」
「確かに、ひとりっきりのお前の部屋に居させとくのは、良くない。部室に連れてったのは、まあ、今さら何も言わん。俺も認めた事だ」
 言葉を切って、タバコをくわえる。
「だがな……後の事はいいとして、そもそもなんであの子にそんなに関わる? 適当に相手してやってりゃ、単なるつきあいで済んだろうに」
「そりゃ……ほっとけなかったんです。大学生の俺にできる事なんて無いけど、俺と一緒の時は楽しそうにしてたんで……。栄子ちゃんの親父に、腹立ってたのもありますけど……」
「お前のやった事は立派な事だが、いい事じゃない。彼女は両親の事を、なんて言ってるんだ」
「親父の事は話したがらない。でもお母さんの事は好きだって言ってます」
「……ヘビーだな」
 ぽつんと遠藤がつぶやく。
「お前、栄子ちゃんに惚れたなんてことはないのか?」
 ぎょっとしたが、こんな事もあるだろうと思っていた俺は、ひるまなかった。
「うーん、そうかもしれないけど、けど、俺だって常識ありますよ!」
 勢いでそう言ったが、胸の中では先日の件が俺の胸を突き刺している。彼等は、俺が彼女のほうから告白されたなんて聞いたら、なんて言うんだろう。
 部長は手を振って、笑った。
「分かってるって。お前の考えは分かった」と言うと、他の二人に向き直った。
「大学生が総出で、小学生の世話を焼くのは情けないが……。事情は分かったろ。お前等はどうしたい?」
「俺は……、今まで通り、えーこちゃんと遊んでやります。えーこちゃんがいつ来るか分からないから、毎日部室に顔を出します」
 伸介が殊勝に言った。
「お前、間違っても同情の目で見るんじゃないぞ。ああいう子は、外から見られる目に敏感だからな」
「親父のとこ行って、一発ぐらいかましても構わないと思うけどなあ」
 遠藤がにやりと笑った。
「ま、たいして力になれんが、逃げ込んできた以上、ほっぽりだすか、守ってやるかでしょう」
「そういう事だ。あの子に手を出したら、俺が許さん」
 俺と伸介は首をすくめた。まったく、親父に怒られたみたいだ。


    −10−

 夕暮れの中、良く寝ている栄子を再びうつぶせにして、湿布を貼ってやった。刺激に目覚めたのか、栄子が声を出す。
「うーーんぅぅ……あ、えーちゃん」
「そのまま動かずにいろ」
「じんじんしてきたよぉ」
「気持ちいいか?」
「うん!……えーちゃん、えーちゃん……」
 手を伸ばして俺のズボンの股間に触る。
「こら!」
「エッチぃ」
「エッチはお前だろ。しばらくじっとしてろ」
 顔を撫でてやると、微笑を浮かべて目を閉じた。
「ねえ、今日泊まっちゃだめ?」
「え……」
「おうち帰るのが怖いの。……すごく怖い」
「栄子ちゃん……帰らないと、明日はもっと怖くなると思うよ。泊めてやるのはできるけど、明日、ちゃんと家に帰って、お父さんの顔が見れるのかい?」
「それじゃ明日も泊めてよ。今は夏休みなんだから……」
「ちゃんと許可を貰わなくちゃ駄目だ」
「夏休みなの!」
 休みを楽しみたいのだろう。彼女の言いたいことは良く分かる。だが、黙ってそんなことをする訳にもいかなかった。
「……俺が君んちに電話しよう。駄目って言われたら、帰るんだ。いいね?」
 向こうを向いて、すねてしまった。長い事ためらった後、俺は意を決して、電話に向かった。
 電話は思った通り、大もめにもめた。
 すぐに交代した父親に、怒りを抑えながらさんざん説明して、あやまって、ようやく近所だからと安心させて受話器を置いた時、俺は疲労のあまり、めまいを起こして本棚にすがってしまった。
「……ごめんなさい」
 どっかと彼女の脇に座り込むと、すまなそうな黒い目が俺を見上げた。
「ごめんなさい。……また、かばってもらっちゃった」
 気にするな、と言う俺の膝に両腕を乗せて、頭を腹に押し当ててくる。
「大好き……えーちゃん」
 小っちゃな頭を抱いて、重い疲労感を振り払って見下ろすと、自然に股間に血が上ってきた。
 頭にあたる感触ですぐに気付くと、栄子は笑みを浮かべたまま、手を俺の股間にはわせてきた。
「こら」
「大きくなってるよ。お風呂入ろうか?」
「馬鹿、今日は静かにしてろ。それに湿布がもったいないだろ。後で遠藤に、礼を言っとくんだぞ」
「うん、わかった。ありがと、えーちゃん」
 素直な表情に戻ると、布団にもぐりこんだ。
 俺たちは出前で夕食を済ませると、TVを見ながら話をした。

 悲鳴が響いた時、俺は熟睡していたので、何が起こったのか分からなかった。
「……栄子ちゃん?」
 横で小さな女の子が震えている。暗い中に、はあはあと荒い息が聞こえていた。
 思わず抱きかかえるが、彼女は俺の手をはねのけた。
「……怖い夢、見たのか?……大丈夫、大丈夫だよ。夢だ。夢なんだから……」
 じっとりと汗ばんでいるのが、俺の手の平に伝わってきた。これほど彼女の心に恐怖があるとは知らなかった。分かってたつもりだったが、眼前の追いつめられた子猫のような姿に、俺の胸は深く痛んだ。
「悪い夢はここまでは来ないよ。大丈夫。怖い事なんか、俺といれば何もないんだから……」
 彼女が「うーっ」と言って俺にすがりついてくる。ぺたぺたと湿った肌がくっついて気持ち悪いが、そんな事気にしてる場合じゃない。俺はとにかく落ち着くまで、そっと頭と肩をなでてやった。
 保護者面する気はないが、今の彼女は逃げ込んできた子猫も同然だ。俺は、彼女に安心させるように話しかけながら、その体をゆっくりとさすってやった。
 そのうちに俺の腕の中で緊張が解けていき、息が静かになっていくのが分かる。
 俺はかわいそうだという気持ちと、かわいいという気持ちと、悲しい気持ちがごっちゃになった、叫び出したいような心で、彼女をさすっていた。
 保護欲だけじゃない。この子を抱きしめたい、めちゃくちゃにしてやりたいという衝動も、激しく突き上げてくる。
 俺は息を殺してさすり続けた。今の彼女に気持ちをぶつけるのは、あまりにもフェアじゃない。


    −11−

 大学生の朝は早い。だが、実際は真面目な奴でもない限り、一限は取りたがらない。俺は、単位の関係で今年もちゃんと一限から出てたので、栄子と大差なく目が覚めた。
「おっはよー!」
 起き上がると、彼女が台所で何かやっている。
「おいしー朝ごはん、用意したげるからね!」
 もともと俺の部屋にあったものだから、たいしたものは作れない。
 俺は朝飯はほとんど食わないが、今日はいくらでも時間があった。楽しく話をしながら、彼女と食事をした。
「栄子ちゃん、もう料理できるんだ」
「んふふうー」
 栄子は得意げにポーズを取る。笑いながらも、俺は、彼女の家での状況が垣間見えて、内心ちょっとブルーになった。
「よしっ、昨日入らなかったから、お風呂入ろう! 朝風呂だ」
 片づけを終えて、そう言うと、栄子はにやりとして服を脱ぎ始めた。
「こらこら、ここで脱ぐな」
「じゃーん」
 全裸になって、無邪気に見せ付けるようなポーズを取る。
 股間に目が行く前に、体のあざと共に、ひとつ心配が浮かんだ。
「そういや、着替えが無いよな」
「あー、気にしないでいいよ」
「そういう訳にはいかん。パンツくらい履き替えないと」
「いいの。パンツ無かったら、ずーっと裸でいる! えーちゃんも、そのほうがいいんじゃなーい?」
 恐ろしい事を言う。
 反応しないように股間を制して、一日ぐらいは同じパンツでいいかと思い直した。
 後ろを向かせて湿布をはがして、はしゃぐ栄子を風呂場に連れて行く。
「あれー、おちんちん、小さい」
 彼女は残念そうな声を出した。無節操に立ってたまるか。
 俺の股間に触ろうとする彼女を注意しながら、二人でたっぷりと洗い合って、すみずみまできれいにしてやった。
 やっぱり性器に直接触れるのは気が引けて、彼女に自分で洗うように言った。
「なんでえー、エッチなことする時みたいに、触ればいいじゃん」
「今日はただのお風呂。自分でやりなさい」と言いながら、いつまでもつだろうかと心配になった。
 朝の空気の中、さっぱりとして気分のいい俺達は、しばらくぼうっとして濡れた髪を乾かしていた。
 俺の前に、パンツ一丁でばさばさ髪を振りまわす栄子が座っている。
「体はなんともない?」
「なんともなあい!」
 長い髪は乾きにくい。適当に乾かすと、まだ湿ったまま、輪ゴムで左右にしばった。
「服、着ろよ」
「やだ!」と叫んで俺に抱き付いてくる。俺もさすがに慣れて、彼女の裸にいちいち反応しなくなった。なんといっても小学生だ。
 すると、栄子は俺を見て、だっとカウチに駆け寄ると、すぽんとパンツを脱いで座り込んだ。
 彼女の秘所があからさまに見えてしまう。
「見て、あたしのおまんこ!」
 両足を開いたまま上げる。
 俺はあっけに取られて彼女の一本線を見つめていた。肛門のすぼまったピンクまで見て取れる。
「な……何してんだ。やめろ、栄子ちゃん」
「動かないで! 見てくんなきゃ、やだ!」
 必死な顔で俺に見せている。俺はうろたえて、つばを飲み込んだ。
 俺に対してのお礼なのだろう。彼女は他にできることが思い付かなかったんだ。
 両足を動かして、前のように俺を楽しませようとするが、前のような笑顔が無い。
 俺はため息をついて、言った。
「そんな必死な顔じゃ、楽しくないよ。……栄子ちゃん、君のお母さんが心配してるのは、俺がこういう事を君にしちゃうかもしれないからだって、知ってる?」
 少し考えた顔をして、彼女が言った。
「でも、あたしがしたいの」
「俺がさせてるんだ。このまま続けると、俺が悪者になっちまう」
「えーちゃんは何も悪くないよ!」
「世の中がそうできてるんだ。小学生にエッチな事するのは、悪い事なんだよ」
「でも、でも、好きだって言ってくれたから、いいの!」
「ありがとよ。俺は大好きだよ。でも、それとこれとは話が違うんだ。お前の両親と、約束したんだから、ね?」
「……えーちゃんは、したくないの?」
「したいよ。でも悪い事なんだ。できないよ」
「やだ、やだ、やだ! えーちゃんを楽しくさせる! 悪いことじゃないよ!」
 首を振りまわして、すがるように言う。見捨てるようで、俺は居たたまれなくなった。
 それと同時に、こんなに頼りにされているのがうれしくて、泣き笑いのような表情を見られないように横を向いた。
「わかった、栄子ちゃん、落ち着いて。……二人っきりの秘密にできる? 誰にも言わない?」
 ぶんぶん首を振る。
 俺は覚悟を決めた。笑いかけてやって、一つ咳払いをする。
「よし、それじゃ楽しそうにしなよ、栄子ちゃん。見ててあげる」
 涙の光る顔が、笑顔になると、ぶんぶんと足を動かし出す。
「……かわいいよ、栄子ちゃん」
「見て、見てえ、栄子のおまんこ」
 さらに限界まで足を開くと、俺の方にあそこを突き出した。きれいな無毛の亀裂が、朝陽の中ではっきり見える。
 明るい所で、こんなに近くで女性器を見たのは初めての事だ。
 綴じ目の上には、かすかにカバーが間にはさまっているのが見える。
 幼い少女の性器はこんな風なんだ、と感心しながらも、俺の股間がかっと熱くなった。
「……触ってみてもいい?」
 おそるおそる聞いてみる。
 彼女が首を縦に振るのを見て、最後の理性がはるか彼方へ飛んでいった。
 亀裂を軽く指でなぞる。ぞくっとして、思わず強くこすりだした。彼女の腰が悶えて跳ねた。
「気持ちいい?」
「ウフフ、エッチぃ!」
 洗いたての彼女の肌は、とってもすべすべで、しっとりとしている。
「その……ちょっとおまんこを開いてみるけど、我慢してくれる?」
 どうしても彼女の中が見たかった。真っ赤になって、不安そうな顔がかすかにうなずく。
 それを確認してから、無理に引っ張らないようにそろりと両手の指で彼女の唇を開いた。
 ピンクの色がのぞいたが、むっちりとしたそこは、合わさってまだ見えない。もう少し下を押さえて、少し強く押しながら開くと、むにょっと感触がして彼女の膣口がのぞいた。きらきらと光る小陰唇のひだが開いて、蓋をしたような白っぽい処女膜を取り巻いている。
「すごい……栄子ちゃん、痛くない?」
 俺の喉がゴクリと鳴った。
「ううん。どう?」
「始めて見た。とってもきれいだ……信じられない」
 かすれた声が出た。小さなそこは、指一本も入らないように見える。パンツの中が堅くこわばって痛い。
 俺のとろけた顔を見て、彼女が赤い顔で微笑した。
「おちんちん、入れてみたい?」
「馬鹿、栄子ちゃんには無理だよ。まだ小さすぎて、指も入らない」
 指を離して、再びこすりだす。彼女の腰がすぐに跳ね出した。
「頭バクハツしちゃう……、エッチすぎて、恥ずかしいよぅ……」
 甘い声に、俺の頭がしびれた。
 とっさにパンツを下ろして、俺のペニスを握る。最大に張り詰めてるそれは、ぴくんぴくんと脈打っていた。
 彼女の亀裂をなぞると、あっという間に俺は達していた。
「くうぅっ! うっ! うっ」
 どくどくと亀裂から腹へと、精液が流れていく。
 半分は彼女の谷間に沿って、下へこぼれていった。彼女はとっさに足から手を離すと、流れをせき止めるようにお腹に沿えた。
 噴出が収まると、俺を見上げて心配そうに言う。
「汚れちゃうよお……」
 カウチにこぼれた部分が点々としみになっている。
 彼女の体を汚す自分の精液を、俺は罪悪感をちくちく感じながら眺めた。
 彼女の幼い亀裂は粘液にまみれて、ぬらぬらと輝いている。息を整えて、俺は脇のティッシュを抜いた。
 彼女の小さな手のひらと腹の間に、白い粘液の水たまりができている。ありがとう、と言いながらきれいにしてやると、片手で匂いを嗅ぎながら、彼女が赤い顔で微笑んだ。
「へー、ふしぎな匂いなんだね……えーちゃんのせいえき」
「いやかい?」
「ううん、いい匂い」
「ありがとよ。栄子ちゃんは、とってもいい匂いがするよ」
「ふふふ」
 全部きれいにすると、ペニスをぬぐってごみ箱に投げる。
 彼女は、ふんふん鼻を鳴らして息をしながら、まだ大股開きのままだ。
「えーちゃんとエッチなこと、しちゃったね」
 うふふと笑いながら、赤い顔で俺を眩しそうに見る。
 そっと抱き上げて、首に腕を回すのを待って、キスをしてやる。
「二人だけの秘密ができちゃったな……。守れるか?」
「ウフフフフ、ないしょ、ないしょのヒミツね!」
 栄子はうれしそうに何度もキスをしてくる。彼女の求めているものを、俺は与えられたらしい。
 もちろんそれは、エッチするという事じゃない。そんな事は分かっているが、俺の罪悪感は彼女の態度に溶かされ、どこかへ消えていくようだった。


    −12−

 午前中、俺達は互いに触れ合いながら過ごした。
 服を着ていなかったが、もちろんいやらしい事ばかりしていた訳じゃない。
 お互いの肌を触れ合い、熱を感じ、匂いを嗅ぎ合って、俺達はただ幸福感を共感していた。


 昼に、一つしかない商店街に出かけて、ぶらぶらしながら昼食を取った。
 外へ出ると、どっと汗が吹き出す。栄子はまったく気にしないように俺にまとわりつくが、ぺたぺたした服が気持ち悪い。
 彼女は、何度も俺の顔を見上げていた。
 それでいて俺が見つめると、恥ずかしそうに目をそらす。そんな姿が、とても愛しく感じられた。


 夏祭まで、あと二週間あるせいか、夏休みだというのに閑散とした公園で、俺は彼女と遊んでやった。
 普段体を動かして遊んでいないせいか、彼女はひときわ喜んで、きゃあきゃあと言いながら遊具で遊ぶ。パンツが丸出しだが、気にする事も無く熱中してる。
 子供らしい表情が戻るにつれて、俺の中の父性本能が呼ばれたのか、まるで父のように彼女を構ってやるようになった。
 彼女もそんな雰囲気を敏感に感じ取ったのか、素直であっけらかんとした態度で、様々な疑問を尋ねてくる。
 そういえば、子供の頃、大人に山ほど質問したなあと懐かしく思い出して、俺はできるだけ優しく答えてやった。


 まっすぐ帰っても、する事がない。それどころか、また変な方向に彼女の興味がいく危険があった。
 それで俺は、町をはずれて外の自然を栄子に見せてやる事にした。
 小さな彼女をおぶって、あっというまに人家が少なくなった通りを、さらに進んでいく。
 こんな所まで来た事がないらしい彼女は、きょろきょろと興味深そうに辺りを見回している。この辺りには本当に何も無い。あるのは、山と林と田んぼと畑位のものだ。
 セミがうるさく鳴く林の近くに来ると、ぴょんと飛び降りた彼女は、さっそく木陰を駆け回り始めた。
 いつになく生き生きとした表情に、俺もうれしくなって、一緒に駆けずり回って、虫を捜したり、林の中の道を探検したりして、午後の時間を過ごした。
 見付けた小さな祠には、お地蔵様が祀られていた。俺達は、神妙な顔で手を合わせた。彼女はいったい何を祈ったんだろう。
 子供の頃を思い出して、俺もとても楽しかった。
「今日はえーちゃん、とっても優しい」
 心地よい疲れでほてった体をおぶってやりながら、俺達は家路についた。
「そうかあ? いつも優しくしてやってるだろ?」
「うん、でも、今日はいつもより優しかった……まるで、」
 後ろからぎゅうと俺の首に回した腕を絞める。彼女の息がかかって、ずっと親しくなった事を、俺は感じた。
 不思議なもので、そうなると、彼女を俺の恋人のように扱っていたのが、とても変に感じられる。
「……あたし、えーちゃんのうちにいられれば良いのに」
「おいおい、俺はまだ大学生だぞ。のんきにやってる大学生だから、こうやって付き合ってやれるんだ。働いてる父さんはこんなに暇じゃないよ」
「でも……うちのお父さん、うちにいるよ」
 俺は事情を察して、黙り込んだ。こういう事には、なんとも言い様がない。
「あたし……今のお父さん、嫌い。えーちゃんがいい」
「……そんな事言うんじゃない。家族の事を悪く言うんじゃないよ。俺は、栄子ちゃんの気持ちが楽になるように、手伝ってやってるだけだ。お父さんを嫌いにするために、やってるんじゃないぞ」
「……ごめんなさい」
「あやまらなくていい。俺もほんとは、助けてやれないんだ。でも、栄子ちゃんがつらい時、気持ちを楽にしてやるんなら、いつでもつきあってやるよ。……そうだ、部室に寄ってこう。みんな集まってる頃だ」
「ねえ、エッチなことって、しちゃ、いけないのかな?」
「したいの?」
「……わかんない。でも、とっても気持ちよかったから、もっとしたいの。もちろん、えーちゃんとだよ」
「お前はまだ小さすぎる。そうだな、中学生になったら好きにしたらいいんじゃないか。それまでは我慢してろ」
「中学生ね。うん、待ってる」
 何を待ってるんだろう。


 部室へ顔を出すと、あっという間に栄子は連れ去られて、俺はお役御免になった。晩飯は、誰かにおごらせてやろう。
「あの様子じゃ、昨日泊まったのか?」
 遠藤がタバコをふかしながら話しかけてくる。
「栄子ちゃんの前じゃ、吸わないんじゃなかったっけ?……今日一日、付き合って遊んでやったよ。いやあ、子供の運動量にはついていけないな」
 今日一日でついた、日焼けの跡を見せる。
「いや、ごくろうさん!……あっちはもういいのか?」
「ああ、今朝はすっかり良くなってた。サンキューな」
 にやりと笑うと、くわえたタバコがぴんと立つ。
「それよりも、泊めて大丈夫なのか?」
「ああ……電話でなんとか話はつけた。それが大変でな……。ま、近所だしな。で、問題は今日、どうやって家に帰すかだが……」
「嫌がってんのか」
 俺達はそれぞれの理由でため息をついた。
 その時栄子が俺を呼んで、俺達は伸介のおごりで、晩飯にありつく事になった。
 普通後輩におごられる事は無いが、こんな時だ、ありがたく頂戴しよう。


 伸介の少し気味の悪い満面の笑みに、栄子が手を振って別れを告げると、俺と彼女は手をつないで家路についた。
「なあ……栄子ちゃん」
「きのうから今日までずっと、ありがと。栄子、ぜったい忘れない」
 あれ、素直に帰るつもりになってる。
 俺がけげんな顔で見ると、彼女は恥ずかしそうに俺につかまって、見上げた。
 辺りはすっかり暗くなっている。彼女はすっと顔を上げて突き出すと、目を閉じた。
 今はうだうだ言葉を重ねるタイミングじゃない。そのくらいは、俺でも分かる。
 辺りに人影が無い事を確かめて、素早く彼女の唇を奪った。
 やがて彼女は微笑を浮かべて離れると、赤いほっぺたで言った。
「また、お泊まりにいってもいいのかなあ?」
「おお、なんかあったらいつでも来い。二人の秘密、忘れんじゃねえぞ!」
 栄子は、口に人差し指を立てて当てると、声を立てて笑って、バイバイと言いながら駆けていった。
 俺は手を振って、彼女が見えなくなるまでそこに立っていた。


    −13−

 あれは、夏の出来事だった。
 夏の間中、その後も栄子は訪れてきては、俺と、俺の仲間に様々な事件をもたらす事になった。
 夏の終わりと共に、彼女が一家揃って引っ越していった後も、俺達の部は妙な共同意識が生まれたまま、いい雰囲気であり続けた。部員の皆は、今でも元気でやってるらしい。
 あれから数年がたち、今、中学生になった栄子を腕に抱きながら、俺はあの夏の出来事を、懐かしく思い出していた。
「なぁに、考えてるの……?」
「……お前と出会った時の事。あの頃は、なんにも知らない子だったなあって、」
「みんな、えーちゃんが教えてくれたんじゃない。あんな小さい子に、悪い事一杯教えて……」
 栄子はベッドの中で、いたずらっぽい顔をすると、俺のわき腹をくすぐってくる。
「小さい子って……今だって、まだ中学生だろ」
 うふふ、と笑って、彼女は俺の股間に手を伸ばしてきた。


 その後も連絡を取り合っていた俺達は、幾多の困難を乗り越えて、ついに結ばれることになった。
 彼女は、俺との昔の約束を忘れていなかった。中学生になるやいなや、俺の所に押しかけて来ると、強引にセックスを求めてきた。
 彼女のしつこさと頑固さに、俺もついに覚悟を決めるしかなかった。
 彼女はもちろん、その時まだ処女だった。もちろん、最初からうまくいくワケがない。しかし、彼女はあきらめなかった。
 その後、何度かの家出を経て、今では公認の仲として、俺の家に通ってくるようになっている。
 グレかけた事もあったらしいが、今は真面目に中学に通っているようだ。


「しかし……お前もしつこい性格だよなあ。小学生の頃の約束を、信じてるんだから」
「あらら、本気じゃなかったのー?」
「いや、俺は本気だったよ。でも、学生が遊びでつきあってやってたなんて、よくありそうな話だろ」
 俺はもう、今ではいっちょまえの社会人だ。人づき合いが大変だが、なに、今の俺には守るべきものがある。
「ずっと信じてたよ、……あの頃、あたし、他に信じるものなんて無かったもの。えーちゃんが嘘をつくなんて……」
 彼女は起き上がりながら、にっこり笑った。
「考えた事ない」
「ありがとよ。……おい、ちょっと待て! まだするのかよ!!」
 苦笑して、俺のペニスを握る彼女を見た。
「あたし、しつっこいのよ。知ってるでしょ」
 得意そうな顔で、ぺろんと先端を舐める。
 まだ13歳になったばかりの体は、あいかわらずみずみずしい。胸もちょっとしか出てないし、下も毛が生えてない。まだ子供の体だ。
 俺は苦笑を浮かべたまま、彼女の舌使いを堪能していた。
「分かったよ……今日は、生意気な声が出なくなるまでつき合ってやる。覚悟しろよ!」
「エッチぃ……」
「エッチなのはお前だ」
 手を引いて、栄子のまだまだ小さな体をかつぐ。慣れ親しんだその体は、すぐにいやらしい声を上げ始めた。
「えーちゃん、大好きだよ……ずっと、ずっと、ずっと!」
 俺は自分にできる事をしてやった。彼女の信頼しきった目には、微笑する俺が映っている。そこにはもう、あの頃のうつろな影はカケラも無かった。


 俺は、愛し合うという事は、お互いを傷付け合う事だと思う。
 触れ合って、こすれあってできた傷に、好むと好まずに関わらずお互いが染み込んでいく。
 傷が無いという事は、きれいだけど、誰とも触れ合わないという事だ。
 俺達は出会った事で、お互いを傷つけ合った。
 あの時栄子には、俺が染み込むほど深い傷があったんだ。
 それは返す手で、俺を傷付けた。俺は、知っている。
 お互いの付けた傷を、俺は今では、素晴らしい幸運だと思い始めている。


   END.