『幽かにくゆる煙の影』

   「第五話 縁の交点、ふたたび(後編)」  海並童寿



 もう一度蛍が体を回転させて、仰向けに横になる。そして何も言わず足を軽く開き、恥ずかしそうな顔を横に向けた。
 恭介はシャツも脱ぎ捨て、蛍の体に身を寄せた。顔が合わさるようにして、あらためて軽く唇をついばむ。
「恭介さんって……結構、筋肉質なんですね」
 蛍が今更気付いたという様子で言う。
「まぁ、なんだかんだで体使う仕事多いからな。拝み屋稼業もどっちかっていうと、霊力より腕力でねじ伏せる方だし」
 言いながら、正面から向き合う姿勢で蛍の足の間に体を入れる。
 蛍の少女の部分はすっかり花開き、恭介の侵入を待ちこがれるようにひくついていた。
「……可愛いな」
 思わず、そうつぶやくと、
「恭介さん……いくら何でも、怒りますよ?」
 意外に、不機嫌な蛍の声が返ってきた。
「なんだ。可愛いって言われるの、嫌か?」
 恭介がそう言うと、
「私だって、自分で見たことくらい、あります。……あんなことがあって、私のそこ、すごくグロテスクになっちゃって……閉じこめられてた部屋のお風呂場で、私、悲しくて悔しくて、何度も泣いたんですから……」
 ぽつりぽつり、と蛍はそう言った。
 恭介は苦笑を抑えるのに苦労しながら、
「別にやられたせいでそうなった訳じゃねえよ。処女のままだって、いずれ女のそこってのはこんな感じになるんだから。確かにまぁ、一本筋のお子様のあれに比べりゃちと気持ち悪く見えちまうかもしれんけど、俺からすれば、こんなに我慢できなくてひくひくして、すっごく可愛いんだけどな」
 赤面しっぱなしの蛍の顔がまた一段と赤くなる。
 先ほどの放出でもほとんど硬度を失っていなかった恭介のペニスは、蛍のその部分の様子を見て、完全に臨戦態勢を取り戻した。軽く上体を起こし、手で先端を蛍の入り口に合わせる。
「くふっ……」
 蛍が小さく吐息を漏らした。
「行くぞ……」
「はい……」
 恭介はそっと腰を押し出した。……つもりだったのだが、
(わっ、なんだこりゃ、きゅうきゅう吸い込んでくるっ!!)
「ふ、ふああああああああ、あああああぁぁぁぁぁっっっっっ!!」
 高い声を上げて蛍がのけぞる。恭介のペニスはあっという間に根本まで蛍の膣に飲み込まれていた。
 きゅ、きゅ、と切なげに肉壁がペニスを締め付ける。まるで、もう出て行かないで、と懇願されているかのように。
「動く、からな……」
 ずっ、ずっ、とゆっくり抜き挿しを繰り返す。しびれるような快感が恭介の脊髄を駆け上がった。
「あ、あっ、あんっ、う、あん、ああっ、あ、あうん、うぅん……」
(指でしたときも思ったが……こいつ、いわゆる名器、って奴じゃないか? すげえぞ……)
 少しでも長く蛍の体を味わっていたい、と思う恭介にとってはどちらかというと困るくらいの具合の良さだった。
 ──実を言うとこれはいささか悲しい結果だった。陵辱されている間、どのみち男の欲望を注ぎ込まれるまではことが終わらない以上、蛍の体が苦痛を少しでも減らすには、入ってきたモノをさっさとイかせてことを長引かせないようにするほかに手がなかったのだ。
(う、やべえ……うかうかすると出ちまう)
 あらん限りの精神力を集中して、勝手に動き出しそうな腰を止める。
「……?」
 動きが止まったのを知って、蛍が怪訝な顔をする。
「蛍、上になってくれ」
「……上に……ですか?」
 ぼんやりとした表情で小首をかしげる。
「つまりだな……」
 恭介はそう言うと、蛍の体を抱え上げつつ、ごろりと後ろに転がった。
「きゃひぃっっ!!」
 つながったままの動きに蛍が悲鳴を上げる。
「こういうこと」
 恭介が言ったとき、蛍はちょうど正座を崩した姿勢で恭介の上にまたがっていた。
「……ええと、私、どうしたら……」
 戸惑う蛍に、恭介は、
「お前が、腰を上げたり下ろしたりして、動くんだよ」
 そう言い聞かせる。
(え、えっ、私が動いて、それで……)
 自分の動きを想像して、蛍はまた羞恥に気が遠くなりそうになる。だが、
(私が、恭介さんを気持ちよくしてあげるんだ……)
 そう心に決めて、そっと腰を持ち上げた。
「んく!」
 ぞくりと駆け上ってくる快感に力が抜け、たまらずあっという間に腰を落とす。
「あうっ!」
 ペニスがもぐり込んでくる感触が再び快感となって蛍に甘い声を上げさせる。
 そうして蛍は懸命に腰を動かし始めたが、どうしても動きが小刻みになってしまう。とはいえ、じれったいくらいのその刺激は、恭介にとってはむしろ都合が良かった。
「あっ……はん……はぁっ……あうっ、あ……あっ……」
 少し上がっては、また下がる動き。ふと見ると、胸のふくよかな双球が小さく、たぷ、たぷと揺れている。
 無理矢理に、母にされた体。けれども、彼女はそれを受け入れ、見事に新たな命をこの世に送り出したのだ。その命を育てることこそ叶わなかったが、それは無論、彼女の責任ではない。
 快感と同時に、いとおしさがいっそうこみ上げる。
(── 一体、どれだけ、こいつのことを、『可愛い』と思ってやれば足りるんだろう──)
 そんな思いを胸の内で呟きながら、恭介は蛍の乳房に手を伸ばした。いとおしむようにさすり、揉み、乳首にも軽く刺激を加える。
「あはぁ、きょ、恭介、さん、む、胸は、だめ、です、ああっ!」
 蛍がいやいやをするように首を振る。
「なんで? 気持ちよくないか?」
 つん、と乳首を弾いて、そう言ってやる。
「ひぁ、き、きもち、よすぎ、て、あ、あああっ!」
 喉を反らせて蛍が叫ぶ。その言葉を証し立てるように、蛍の膣壁がきゅきゅっ、と締まる。
(うっ……くそ、と、とりあえず1ラウンド終えるかっ!)
 恭介は蛍が腰を下ろすタイミングを見計らって、同時に腰を突き上げ始めた。
「あああっ! 当たるっ、当たっちゃうぅ!!」
 何がどこに当たるのかまでは言う余裕すらないらしい。恭介はペニスの先端にこつん、と固いものを、蛍は胎内の奥深くに尖った亀頭の先端をそれぞれ感じ、快感に酔いしれる。
 さらに恭介は胸にやっていた片手を、二人の結合部へ下ろした。そして、固くしこった少女の快楽の粒を軽くつまむ。
「やぁぁぁっっっ!! きょう、すけ、さんっ、それ、だ、だめ、ぁああっっ!!」
 動きに合わせてばさ、ばさ、と蛍の長い髪が激しく官能的に舞う。
「……!」
 と、蛍の体がびくり、と震えた。
(やべ、先にイったか?)
 恭介は一瞬焦ったが、蛍はなおも動きを続けている。
「あ、あ、きょ、きょうすけ、さん、す、すき、ですっっ!」
 蛍の声に、
「俺も、愛してるぞ、蛍っ!!」
 答えて、恭介は愛撫の手をいっそう強める。自分自身、限界が近づいていた。
「きょう、すけ、さぁぁぁぁぁんっ!!」
「蛍っっっっ!!」
 互いに呼び合った瞬間、ついに恭介が限界を迎えた。
「くうっ……!」
 蛍の膣内でペニスが暴れるように痙攣し、恭介の愛の証を吹き上げる。
「あ、きょう、すけ、さ、あ、ああああぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっ!!」
 その刺激を受けて、蛍の意識もまた、はじけるスパークの中へ飲み込まれていった。


「……蛍……だいじょうぶ、か?」
 絶頂の一瞬が過ぎ、冷静さを取り戻してみると、あれは14才の女の子にはちょっと刺激が過ぎたのではないか、と恭介は心配になった。
「……だいじょうぶ、です……とっても……気持ちよくて……とっても……幸せ、でした……」
 けだるげに蛍は答えて、微笑む。
 恭介は蛍を抱き寄せ、唇を重ねた。その拍子にずる、と蛍の胎内から恭介のモノが三分の一くらい引き抜かれた。
「あう、ん、ん……」
 完全に繋がったままでは顔が届かないという辺り、改めて蛍の小ささを実感する。もっとも、恭介に背徳感や罪悪感はなかった。なにも蛍が処女でなかったから、というのではない──愛した女を、自分を愛してくれる女を、抱いた。きわめてシンプル、それだけのこと。仮に蛍が生きた人間で、その上処女であったとしても、それは変わらない──恭介はそう思っている。
 唇を離し、蛍はバランスを崩して横に転がる。まだ名残惜しげにペニスを締め付けている蛍の体に合わせて、恭介も向かい合うように横向きになった。
「恭介さん……中有、って、ご存じですか?」
 出し抜けに、蛍がそんなことを言った。恭介は面食らいながらも、
「四十九日だろ。死んだ後、次の命を得るまで、霊体としてとどまる期間……それくらい知らないで、拝み屋が務まるか」
 そう答えて苦笑する。
「宗教儀礼では49日間、ですよね。でも、実際は……」
「人それぞれ、だな……もっと短い奴も、長い奴もいる。むしろ残された人間が心の整理を付けるために設けられた期間だな、その日数は。……しかしいくらお前が幽霊にしても、なんつー枕語りだ、そりゃ」
 恭介は眉をひそめた。
「……恭介さん。私、とっても幸せです。恭介さんに出会えるまでの私は、男の人を好きになったことなんてありませんでした。……あの、小学校も中学校も女子校だったせいもあるんですけど、ね」
 くすり、と笑う。
「始めて好きになった人が、こんなに素敵な人だったなんて、私、幸せ者です。もし叶うなら、生きて出会いたかったですけど、それは贅沢ですよね……それに、恭介さんは、私が自分で勝手に落ち込んでいた無間地獄から、私を救い出してくれました。本当に、ありがとうございます」
 恭介は照れ隠しに頭をぼりぼりと掻いた。
「なんだよ。まるで最後に、『もう思い残すことはありません』とでも付きそうなくらいのべた褒めっぷりだな」
 そう、冗談のつもりで恭介は言った。
 瞬間、蛍の表情が固まった。
「……どうして……分かったんです……か?」
「あ?」
 蛍の言葉の意味が分からず、恭介は間抜けな声を上げた。やがて、ゆっくりとその言葉が意識にしみ通るに連れて、恭介の顔色が変わる。
「まさか……おい、嘘だろ、蛍?」
 蛍はふるふる、と震えていた。つ……と、まなじりから涙がこぼれてゆく。
「さっき、最後の瞬間のちょっと前に、冥界から『引かれた』んです……こんなに別れが早く来るって知ってたら、私、恭介さんに抱いてなんて頼まなければよかった。好きな人と愛し合った記憶が、最後の記憶だなんて、悲しすぎます……!」
 蛍は恭介にぎゅっ、としがみついた。胸の中で、がんぜない子供のようにしゃくりあげる。恭介もどうしてよいか分からず、ただ蛍の体を抱きしめ返す。互いに、離れるものかと、世界に向けて叫ぶように。
「くそ……蛍、神様でも悪魔でもいい、なんかに頼んで、どうにかならないのかよ!」
「無理、ですっ……霊の、行為記録体の循環は物理法則と同じく、意志及ばぬ永遠不動の天則に定められたこと……神だろうと悪魔だろうと、あらゆる『形成されしもの』には逃れようのないこと、なんですから……」
 ぎりぎり、と恭介が折れんばかりに歯を噛み合わす。
「相棒……お前、蛍を……喰えない、か?」
 ふと、恭介が呟く。しかし、恭介の右腕には何も起こらなかった。
「……そうか。例えそうしても、蛍を留めることは、できない、か……」
 危うく狂気の淵に踏み込みそうになった恭介は紙一重のところで踏みとどまった。
「恭介さん、最後まで、こうして、抱いていて下さい……」
 蛍がささやく。恭介は答えず、ただ腕に力を込めた。
 やがて、恭介の腕の中で、蛍に触れている感覚が、少しずつ弱まり始めた。
「恭介さん……」
「何だ、蛍……」
「私……もし、人間に生まれ変われたら……必ず、恭介さんのそばに、行きますから……」
「ああ、待ってるぞ、蛍……」
 不意に、恭介の腕の中にあった感触が消えた。がく、と頭が前に傾き、腕が交差する。
「……じゃあな、蛍」
 聞くものとてない言葉を、恭介は呟いた。


「……はい。済みません、体調が……ええ、仕事は必ず……はい、来週ということで。では、申し訳ありませんでした」
 ぷち、と携帯を切る。
「なんだかな……俺って、一人で拝み屋仕事できないほど、弱々だったかね……」
 そのまま、恭介はごろん、と横になった。
 先日も感じた、空虚感。あの時は蛍が七条家から戻ってきてくれたが、今回は──それは、ない。
 右手を上げると、ごう、と炎が捲き、黒犬の頭が姿を現す。
「へへ、相棒よ、慰めてくれるかよ……ありがとよ」
 力無い笑みを浮かべ、
「ちょいと引っ込んでくれ。こないだの酒、やっつけちまおう……」
 恭介はふらりと立ち上がると、台所へと向かった。
 ふと見上げると、線香立てもどきに一本の線香がくゆっていた。部屋に優しいラベンダーの香りが漂っている。
「……アホか、俺は。習慣って奴は恐ろしいね……」
 そう、ぼやく。
 と、ぴんぽーん、と玄関のチャイムが鳴った。
「? なんだ?」
 普段ならどのみち新聞の勧誘かセールスか宗教と踏んで出もしない恭介だが、頭が半分ほどしか働いていないため、うっかり素直に扉を開けてしまった。
「やっほー」
 リュックを背負った、快活そうなショートカットの愛らしい少女がしたっ、と手を挙げてそう宣った。
「……間に合ってます」
 これまた頭が働いていないせいか、とんちんかんなことを言って恭介は扉を閉めた。
「わー、こらー! 何が間に合ってるのよー! お兄ちゃんには妹はあたししかいないでしょー!」
 ドアの向こうでぎゃーぎゃーとわめく声がする。眉根を揉みながら恭介はもう一度扉を開けた。
 少女は憤然とした様子で恭介をにらみつけた。
「妹……? って……絵里香[えりか]か、お前」
 記憶の底からその名前を引っ張り出して、恭介は少女を検分する。
「10年会ってないんだから分からなくてもしょうがないけどさ。間に合ってるはないでしょ間に合ってるは。それとも何、あたし以外にマイシスターでも決めたってゆーの? 誰よ、衛? あ、お兄ちゃんエンゲル係数高そうだし、白雪とか」
「誰だそれは。っつーか勝手に上がり込むなっ!!」
 ぼやきながらも勝手に室内へ入ろうとする(自称)妹を止めようと振り返る。
 その少女、絵里香は──部屋の一点を見つめて固まっていた。
「なに、あれ」
 呆然と絵里香が指さした先には、ゆったりと香りを放つ線香。
(……ま、驚くわなぁ。仏壇もなしに線香だけ立ててありゃ)
「あれは、な、その……ほら、部屋に臭いがこもるから、防臭用に……」
 恭介がそう弁解する間に、絵里香は線香台もどきの置かれた戸棚の前に立ちつくしていた。
「……ばか」
 その口から端的かつ容赦のない一言がこぼれる。
(はいはい、馬鹿でございますよ)
 恭介は自虐的に胸中で呟いた。
「蛍は……もう、いないのに」
 絵里香の言葉に、呆けていた恭介の頭脳がいきなり覚醒した。
「絵里香! なんで、お前が蛍のことを……」
「すっごく、迷ったんだからね」
 恭介の言葉を遮って、絵里香が言う。
「今のあたしの割り当てが空いてるって知って……妹になっちゃったら結ばれるわけにはいかなくなっちゃうけど、その代わり長いこと側にいられると思って。他人になって、お兄ちゃんを探し当てられる自信、正直なかったし」
 絵里香はリュックを下ろし、体を折って中をごそごそと探り始めた。
「まぁ、もうちょっとよく考えれば良かったのよね。あれだけ一緒にいて、お兄ちゃんがあたしの話したのなんてたったの一言二言だけ。あたしにはあんなに家に帰ってやれってうるさかったのに、お兄ちゃんが実家に帰ったとこなんて見たこともなかったもんね」
「え、り……か……」
 恭介の口の中が渇いて行く。
「でもさ、いくらなんでもあたしが4才の時に家を飛び出して、それっきり10年間音信不通だなんて、それは詐欺だよ! あたし、ずっとずっと、この日を待ってたんだから! あたし……てゆーか、蛍がいなくなるまでは、あたしがこんな話したって、お兄ちゃん信じてくれるわけないと思って」
 ごそごそと動いていた絵里香の手が止まった。何かを持ちながら体を起こし、ゆっくりと恭介の方へ振り返る。
 手には──神楽鈴。
 少し頬を染めて、絵里香は言った。
「また……お手伝いさせてもらっても、いいですか?」
 恭介の意識に何か言葉が浮かぶ前に、体が勝手に動いていた。
 床を蹴るほどの勢いで走り出し、絵里香を抱きすくめる。
「ちょ、痛いってば、お兄ちゃん……」
「そっか……お前になってたんだな……」
 力一杯、腕の中の少女を抱きしめる。今度こそ、離してたまるか、と。
 そろり、と絵里香の腕が恭介の背中に回された。神楽鈴がしゃら、と優しい音を響かせる。
「あ、あのね、お兄ちゃん」
「なんだ、絵里香?」
「あたし妹だし、アレはちょっと、本番はまずいと思うんだけど……お兄ちゃんがしてほしいんだったら、手とか口なら、いいよ?」
 ごち。
「いたぁーい! 無言でゲンコツはないでしょー!」
「アホ。いくら惚れた女の生まれ変わりでも妹にそんなことさせるほど落ちとらんわい! てゆーか、お前ほんとに間違いなく手違いもなく勘違いもなく蛍の生まれ変わり、なのか? なんてーか、その、えらくやかましいじゃないか?」
 恭介の腕の中から逃れて、絵里香が唇を尖らせる。
「たく、これでも9才くらいまでは大人しすぎて心配だ、なんて言われたのよ? だいたい14年別の人生やってれば性格だって変わります。秋葉なんて8年で大変貌しちゃってるでしょーが」
「だから誰なんだそれは。……て、お前、その鈴、どうする気だ?」
 ふと気が付いて恭介は絵里香の手の中の神楽鈴を指さした。
「使うに決まってるっしょ? あ、あたしもとい蛍が消えるときすっごく気になってたんだけど、今日昼から仕事とか言ってなかった? 何時から? 呆けてないで支度してよ、仕事しなくちゃ干上がっちゃうでしょ?」
 絵里香の言葉に恭介はあんぐり、と口を開けた。
「つかうって。おまえ。なんに?」
「だから結界張るの。これでも幸いお兄ちゃんの妹だけあって多少霊力は人様より強いし、肉体もあるしまだ清い体だし♪ま、今日は勢いでガッコ休んじゃったから一日付き合えるけど、普段は放課後と休みしか手伝えないから、スケジュール調整よろしくー」
「……いや、今日の仕事は延期してもらったんだけど」
 と恭介が言うなり、絵里香はリュックと恭介の手をひっつかむ。そして走り出した。
「そんな余裕はないっ! これからはあたしも養ってもらわなくちゃいけないんだから、稼げるときには稼ぐ! これでも成長期の女の子なんですからね、線香一本で一日保つ昨日までのあたしと一緒にしてもらったら生活費決算破産大赤字、なんだからね!」
「ちょっと待て! 何で俺がお前を養わなきゃならんのだ!?」
 引きずられつつ恭介が叫ぶ。
「へへー、実はあたしもお兄ちゃん同様、父さん母さんに絶縁状叩きつけて家出してきたのでしたー。てことで、改めてよろしくね、お兄ちゃん!」
「なんじゃそりゃぁぁぁ!」
 絶叫しながらも、恭介の顔がほころぶ。
(こいつと暮らすのも、ま、それなりに楽しいか……な、相棒?)
 恭介の右腕から、楽しげにおん、と鳴く声が聞こえた。


 ふたつの魂の、再びの縁の交点は、このような次第であった。

   
(了)